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年賀状のお返しに良ければドウゾ。→
もしくは31日絵描き、元旦住所印刷組。
今年は縁ナシ印刷にトライ。多少コツが要りますね。
年末年始でCATVはガンダム放映中。というわけで…。
中学時代、角川スニーカー文庫のガンダムシリーズをほぼ読ではいるものの、アニメをちゃんと通してみるのはこれが初めてに近くて、ガンダム三昧な正月爆走中、といったところ。
昨日まででファーストガンダムの放映終了。
今日は「逆襲のシャア」だ。
キャラデザインも随分洗練されて、それにファーストガンダム後半からちらほらと目立ちだすニュータイプ論も大分形になりだしてかなり面白かった("ファンネル"とか。小説オンリーだった僕としてはもやもやーとしていたものが一気にやっとカタチになった感じ。脳波でモノを動かしているようだけれど、現実としてこういうのは意外と簡単な技術らしい。例えば「鉛筆を右に動かす」ときに出る脳波のパターンを記録しておいて、その脳波のパターンが出たら、まぁロボットの腕なりが、鉛筆を右に動かしてあげればいいわけで。その際、どうしてそういう脳波を発するのか?なんて小難しい理屈はどうでもよく、脳波のパターンを採集しまくってそれをマシーンで再現してあげればいいだけなんだよね。きっとニュータイプってそういうイメージを強く具体的に思い浮かべられるんじゃないのかな?)。
小説で読んだストーリーがフラッシュバックする。
ニュータイプの我儘娘クェス・パラヤ(ホントはアムロが良かったんだよね)、ハサウェイ(小説の女々しさより映画版の方がマシな印象。しかしチェーンをぶっ飛ばしてしまうとは…)は勿論、アストナージとケーラのこともなんとなく覚えている(中学生の僕にとってなんだか衝撃的だったんだよね、ケーラの死は)。小説ではアムロの恋人役でベルトーチカがいたけど、映画ではアムロのチェーンに変更されているのかな?
それになんといっても強烈な個性はやっぱりアムロとシャアだよね。
中学時代は漠然とシャアの方がカッコイイと思っていたけれど、どうしてどうして、アムロもなかなか男じゃないか。
今見ると、この二人のキャラは本当にいい。
シャアは何気にロリコンぽくてギュネイ・ガスにはロリコンだってズバリ言われまくっているけど。
シャアとアムロにとってララァは特別で。
結局シャアはクェスのこともナナイのことも、どうでも良くて、死んでしまったララァだけがずっとココロの中にいて。マザコンだったからきちんと少女のクェスを受け止め切れなかったんだ(意外と狭量な男だ…)。
アムロはファーストのときは俄然ガキもいいところだったけれど、ファーストも後半になってくると随分大人になってきて。
「逆襲のシャア」では、シャアよりも考え方が大人だし、よく人のことをわかっていて(ニュータイプだから?)、やっぱり主役はコイツだよ、と納得してしまった。シャアというカリスマキャラ(ロリコンなのに!)に対抗できるのは、やっぱりアムロなんだ。
ファーストでセイラもシャアを諭していたけれど。
シャアの考え方というのは性急すぎてどこか歪なのだ。
政治体系的に見れば
君主政治(ジオン)V.S衆愚政治(連邦軍)
という対立構造を「ガンダム」はずっと引きずっていると思うんだけど(富野節ってヤツの一部でしょう)。
規模が小さいから君主制のジオン軍は資産がなくてもとりあえずトップダウン式でうまくまわっていくんだろう。でも例えばシャアというカリスマがいなくなれば、巧く回っていかなくなる組織とういのでは、つまるところそれは"組織"とは言えないんじゃなかろうか。
たしかに合議制な組織はときにやってられない、互いの立場を守ろうとしすぎて、決断が遅すぎる、と思うことは多々あって(会社でとかね。マッタクもーうウンザリする!)。地球連邦軍というのは血の巡りの悪いそれなんだろうな、と想像できる。
でもだからって専制政治っていうのはね。自分が死んだらどうするのさ、と言いたくなるよ。生きている限りはきっと尤も効率はいんだろうけど、いつまでも生きているんじゃないんだからさ。第一、マザコンなシャアには人(後継者)はきっと育てられないよ。
明日はF91放映。Zも凄く見たいなぁ…。
新宿の山手線のホームで親子を見かけた。父親らしい男と、小1くらいの男の子。
電車から吐き出される人の波にもまれつつ、それでも男の子は雪だるまの絵のついた団扇を嬉しそうに両手でもってどこかかろやかで、いまにもスキップしそうだ…、と思っていたら、やっぱりスキップをした。思わずニヤリ。
なにがそんなに楽しいのだろうと思って、つい男の子を眼で追っていると、その雪だるまの団扇には「Hello!Project」という文字。"あぁだから冬なのに、団扇なんだ"と思って、父親の方を見れば、大判のポスターを巻いた筒を二つ。コンサート帰り、といったところだろうか。
父親がファンなんだろうか、と一瞬思ったけれども、やっぱりファンなのはうきうきとスキップせんばかりに歩いている男の子だろう。歌がまだアタマの中を回っているのか、彼の空気はなんだかハッピーだ。
今日も込んでいるなぁ、やんなるなぁ──ホームに押し出された僕はそう思っていたのに、そんな混雑の中でもどうしようもなくウキウキしている男の子。Hello!Projectという名前も伊達じゃないなぁ、とちらりと思った。
仕事始。
さて本社に顔出してから、延々電車を乗り継いで、午后は工場(片道2時間はかかる…)で帳票確認作業をやってくるかーと思っていたら。
なんと、まだ客先で帳票の開封作業をやっていないから、今日は工場での作業がないという。明日も開封をやる気はないから、結局今日の予定は明後日へ。
なんだよ、それ。
なんというか、一事が万事、大抵、営業の手筈ってこんなもんなんだよね。もう、年の初めから早々に。
本日やっとNewマシンお目見え(社用デス)。
Dellのノートで2.2GHzマシン。オモイ…(ノートなのに)。
午后からデータの移動やセットアップを行い、毎日本社−工場間を行き来している便で工場へ自分のマシンやらを送りつける手配を終えて(その段階で既に営業の連中は帰っちゃってるし!クソ!)、10時も回った頃ようやく帰途(あぁそれでもやっぱりNewマシンってヤツはつくづくいいよね!とか思っちゃうボクは救いようのないオオバカだ)。
明日は早朝出社だから早く帰ろうと思っていたのに!!(工場の始まる時間帯が早いのと工場までが遠いので、普段より3時間半も家を出る時間が早くなるハメに。寝坊大魔王な僕は果たして起きられるのか!?)。
おまけにもう本番が始まるというのに仕様変更の依頼。「集合」の表記を「集合・着席」に変えろだの(どっちでも意味通じるじゃん…)、件数表をエクセルでも出せだの、ちょこちょことした話が多い(しかも口頭で。文書に残して欲しいもんだ)。そんな瑣末なことより、いまだにもらえないコード表や帳票レイアウトを各関係部門から早く集めて欲しいもんだ。2月・3月までにそいつを僕は処理しなくちゃならないというのに、一向に必要データが揃わない。3月になってからいっぺんに揃っても、プログラムを書く時間がないんだけど?
まんまと一駅乗り過ごした。
折角いまだ星の見える時間帯に家を出て、少し早めに工場へ行こうと思っていたのに。
結局、折り返しの電車を待っている間に予定のバスを一本見送り、始業時間ギリギリに滑り込む。
朝は朝で、OCR機は午前中、エラー続きでうんともすんとも動かず停滞前線(午后になったら突然快調に動き出した。どういうこと?正月休みで部屋が冷え切っていたせい?)。そんなこんなで本日も23時半頃の帰宅と相成った!
明けて死んでいます。
今日も今日とて、仕事。
下請けの再々納品してきたデータをチェックする為だけに本社へ休日出社。昨日で片付くと思っていたのに、あがってきたデータのミスを発見。どうしてこんな簡単な検算さえしないで納品してくるのかね、と思いつつ、再々納品に付き合って今日も出社するハメに。
平日は平日でメインの仕事で5時半起床、0時に晩飯という状態で、一体俺は何の耐久レースにでも出ているのかと言いたくなる(工場といえば陸の孤島で辺りにコンビニもないし、社食は昼しかやっていないという有様で、下手すれば自販機の菓子パンも夜には売り切れ。忙しいのもあいまって、結局家にたどり着くまで飲まず食わずという有様。こんな劣悪環境だというのに、工場を22時前には退社しているせいで、平日の残業代は出ないというフレックスの悲しさ!)。それでもうまく動いていればまだ救われるが、連日トラブル、事故直前続き。
今までのツケが一気にまわってきたというか。起こるべくして起きているというか。綱渡りというより、もうやっぱりこの綱は切れているんじゃないかというお話。ミスしたら洒落にならない内容なのに(それこそ新聞沙汰)、どうしてこんなにヤッツケ仕事になるんだか。
メインの仕事で手一杯なのに、別件の下請けに頼んだ仕事はいつまでたっても出戻りしてくるし、だんだん死にたくなってきました、とさらりと厭味半分に作成したデータを添付してメールを先輩へ送ったら、たまたま家でメールチェックして吃驚した先輩が会社へ電話をかけてきた。…たまには騒いでみるもんだ。いつもは完全放任主義。前々から冬になったら首がまわらなくなるからサブの仕事はもう誰かに回してくれとヘルプを求めても、放置プレイ。今さらといえば今さらな反応ではある。
駅の構内で織田裕二主演の「T.R.Y.」のポスター。
やばくなったらさっさと逃げる
の太文字。思わずニヤリ。
三六計逃げるに如かず──確かにそりゃそうだ、と春のことを考えた。
駅からの帰り道。
鈴の音。
あれ、猫かな、と思って闇を透かしてみれば、白と濃いグレイのブチ。
ミャーと鳴くので、つい、ほらほらおいで、と手を伸ばしたら、猫はささっと擦り寄ってくる。今夜は冷えるよなぁ、と背中を撫でるとスリスリスリスリ。寒いんだろう、と冷えた躰を暖めるように撫でてやると、ゴロゴロと転がって腹を見せる。
僕が歩き出そうとすると、前を交差するように行ったりきたりして行く手を阻む。締め出しを食った飼い猫だろうか。僕を家まで案内したいのだろうか、と思って反対方向に歩くそぶりを見せてもやっぱり同じように行く手を阻む。
一体、どこの家の猫なんだろうと、首輪を見てみても、住所は書いていない。
この猫は寒いのだ。そしてきっと締め出しを食った。僕が思いの他、猫に構って、暖めてやったので、これはもしや、今夜暖をとれるかもしれない、と思ったのかもしれない。"行かないで"というようにぴったりと僕の歩行にくっついてきて、ミャーとか細い声で鳴く。このまま僕にぴったりとついていくというなら、寒い夜のこと。僕の家へ連れて行ってやってもいい、とも思ったし、仮に猫が猫本人の家まで案内してくれるというのなら、その家のインタフォーンを押してやってもいい、と僕は考えていた。
しかし僕がとある道を横切ると、その道を堺に猫はついてこなかった。きっとその道が猫の縄張りの範囲なのだろう。その道を区切りに諦めたように、猫はもと来た道をがっくりしたように戻っていった。
一体、こんな寒い夜に、どこの家の猫だろう。こんなときコトバさえも通じそうな程意思を感じるのに、でも通じない関係を歯がゆく感じる。ドリトル先生がいてくれたら…!
正月からこっち、折角、会議室を占領して作業部屋にして設置したOCR機器の調子が不調で、メーカーのサポートを呼び出すこと3度目(最初のサポート要員なんて、OCRを解体して「おかしいところはありませんけど」と掃除をして帰っていきやがった。けッ!)。
去年買ったばかりの、バカ高いOCR機器の不調が本日やっと判明した。なんと電圧が足りない…。
なにも作業をしていないのにOCRが突然ガチャガチャ言い出して勝手にリセットすること日常茶飯事。帳票読み込み途中で突然電源が落ちるのも当たり前。デバイスエラーは頻発するし、騙し騙し使っていたけれど、不調の原因はみえないし、再起動すると動いたり動かなかったりで、処理の時間予測不能。てんやわんやにワがかかる。
それがなんと、なんと電圧が足りなかったせいだったとは…(辺りの電力使用具合でコンセントの電圧が変動するらしい)。
もともと部屋は会議室であることだし、PCを3台、プリンター2台にコピー機・FAX、電話を接続し、さらにOCRを繋ぐとなると(タコ足配線で!!)、まぁ確かに足りないかもな、と半ばナットク。というわけで、手っ取り早く、部屋の配置をかえて、OCRの電源はあいているコンセントへ直結。するとあら不思議、電源が突然落ちることはマッタクなく、読み込みは快適に(工場内の配線までかかわってくるのかと思い、やっかいだと思ったのだが。そこまでの電力は不要だったらしい)。
なんというか、工場の世界は工場の世界で未体験ゾーンが一杯だ。
うーん、耳まで凍る!──と思った冬の夜。
駅から吐き出されて、思わず首を竦めながら。でも痛い程の冷気に半ば心地よささえ感じているのだ。
なにもかも凍ってしまえ!そうしたら、そう、少しは腐った世界もマシに見える気がするから。腐りかけた林檎も、それ以上の腐敗を、時間を止められる気がするから。
久しぶりの通勤讀書!とにかく眠くて明けてからこっち、通勤時間はやたら長いのに1冊も讀めないでいたのだけれど、ふと手にしたのがこの一冊・『魔女の一ダース』。作者はロシア語の同時通訳者・米原万里で、異文化衝突論というか、エッセイ集?ジャットコースター並に勢いのある文でとにかく痛快!ラジオで彼女のインタビューを聞いたときもなかなか面白い人だと思ったけれども予想以上だ。眠気をふっとばしてニヤニヤしながら讀むには手頃な一冊。少ぅし元気が出てきた。長ーい通勤時間のお供にどうぞ。