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マイケル・ムーアの「ボウリング・フォー・コロンバイン」を恵比寿で見てきた。
ムーア氏のアポなし突撃取材もなかなかの見ものだが、アメリカの銃犯罪多発の原因は、どうやら「単純に銃規制がないせいだ」という問題だけでもないようだ(カナダ人だって銃をもっている)、という展開のさせ方が面白い。
メディアが現実と離れてアメリカ市民の恐怖を煽りまくっているカラクリや、原因と結果の公式をあまりにも単純化しすぎて、結局、本当の事件の背景を深くは追求しない点は、今回のイラク戦争のアメリカメディアの報道を見ていても一目瞭然で、結局、多くのアメリカ市民がイラク戦争を肯定した心理の底には、こういうカラクリが透けて見えていた(だからムーア氏の追及していった点は、今のこの時期だからこそ、なるほど、と共感しやすい面があると思う)。
映画のなかで僕にとって最も面白かったのは、カナダ人は家に鍵をかけないという話だ。その真偽を確かめるためにムーア氏が抜き打ちでその辺の家のドアをがちゃがちゃ開けてみせるシーンがあるのだが、本当にカナダの家のドアには鍵がかかっていない。泥棒にあったことのある人でさえも、やっぱり鍵をかけないというおおらかさ。一体どうしてアメリカ人は鍵をかけるのに、カナダ人は鍵をかけないんだ、とムーア氏はカナダ人に尋ねるのだけれど、いともたやすく「アメリカ人は他人を締め出すことによって安心するんだ。でもカナダ人はまず受け容れようとするんだ」というようなことを応えていた。この辺のカナダ人の思考は、もう学校をサボっている高校生からして徹底していて、弱者を国家が援助するのは疑問の余地を挟むまでもなく当然のこととして受け止めているし(アメリカは資本主義の権化で、新自由主義だかなんだか知らないけれど弱者切り捨て社会だ)、ニュース番組の構成からして"彼らの声に耳を傾ける必要があるでしょう"と、事件の背景にある根本的な原因を考えるよう促すよう作りになっているようだ。
こういう文法は映画の誇張か?とも疑ってもみたくなるが、いやいや待てよ。カナダはアメリカと国境を接しながらも、外交政策とかみてても何かと結構進歩的だよな、と思う場面が多い(地味だけどきらりと光る、ってところか・笑)。外交政策がああなるのは、市民一人一人の部分の常識、ロジック、価値観の根底がこうだからなのか、とちょっとナットクできる部分がある。カナダへちらりと滞在したときに"やけにのびのびしていて凄く住みやすそうな国だな"と僕が思ったのも、あながち的外れな直観でもなかったわけか。
通知表に「愛国心」、広がる 11府県で評価項目に
朝日新聞
いつの間にかこんなに広まっているとは。一体、他人の心や思想をたかだか担任の分際でどう評価するというのだ?自分の生まれ育った場處に多かれ少なかれ愛着心はもつのは自然なのことで(でも家庭の事情やなにやら、生まれ故郷を憎むヤツもいる。それはそれで仕方のないことなのではないだろうか?)、評価云々というのは、莫迦げている。ココロや思想まで学校という公共の場處で、一定の方向へと導こうというのだから、常識を疑う。まるで戦前・戦中時代に逆戻りだ。"強制"はなくても評価の対象に入れることで、子どもをナショナリズムへと導いている手口がコワイ。
ナショナリズムの危うさときたら!ナショナリズムなんていうのはせいぜいナポレオンあたりからはじまっている話なのに、なんとも厄介なイデオロギーだ。何故なら、ナショナリズムは硬化した集団的アイデンティを構築するイデオロギー
だから。歴史を基盤にこの集団的アイデンティティを構築しようとして、その当の歴史を歪めることになる例には事欠かないし、他者を基盤に集団的アイディンティを構築しようとする性格も内包している。西洋とはちがう、ムスリムとは違う、キリスト教とはちがう僕ら。僕らが僕らであるのは、僕らが彼らではないという認識からはじまる。そしてその認識が、他者を排除しようとする行為に繋がっていくのは、そう時間のかかることではない。
集団的アイデンティティ。帰属意識、仲間意識や団結心は排除の論理と紙一重だ。人格者ばかりだったら受容力のある仲間意識が生まれるのかもしれない。が、ともすればそれらは排除のワナに陥りやすい性格を持っている。ガンディーでさえもナショナリズムのワナに陥った。彼自身は受容のある人で排他的なナショナリズムをうたったわけではなかったのだろうが、末端ではそうはいかない。結局、帝国打倒の為に便宜上ナショナリズムを利用した所為で、最終的に国家を分立させてしまった。そうした性格をもつイデオロギーを、たかだか教室における専制君主の小学校の担任が扱えるというのだろうか?
大体、帰属意識を強調することが、傍から見ていてどれほど滑稽なことなのか、わからないのだろうか?僕らが日本で生まれ育ったことは事実なのに(海外からの転校生もいまどき珍しくないけど)、それをことさら評価の対象にして強調することの滑稽さ。集団的アイデンティティや帰属意識を殊更強調するとき、大抵そこには「歪み」が存在している。肩書きに拘る人間が滑稽に見えるのは、それを強調すればするほど劣等感の裏返しが透けて見えるからだ。
愛国心、愛国心というけれど、それを強調しなければならないこの国のコンプレックスを目の当たりにして、何を誇ればいいのやら、僕にはさっぱりわからない。多分、子どもにもわからないだろう。
先生、愛郷心て何ですか。なんで僕の評価は低いんですか?僕の心がダメなんですか?非国民ですか?愛国心て何ですか。この国のどこを愛せるんですか?
と子どもに問われたとき、僕はなんと応えればいいのだろう?(先生たちはなにをもって応えるのかかなり不思議だ)
憲法9条を掲げたかと思えば、戦争回避の努力さえせずに、大義もない戦争を支持したりするこの国。大人たちは第二次世界大戦の歴史を隠そうとし、いくら隠そうとしたって、子どもだって莫迦じゃない。なにかを隠そうとしている空気を感じ、不信感を持つものだ。"彼ら"は自分の国を貶して愛国心がもてるか、と言うけれど、なにかを隠そうとしてジタバタしている大人の気配、コンプレックスを感じながら子どもは誇りをもてるのか?と僕は聞きたい。過去を検討して、何故ファシズムが起きたのか、何故戦争が起きるのか、同じ過ちを繰り返さないためには今、僕らはなにをしなければならないのか?──そうした問いの立て方、議論が未来に対する"誇り"を育てるのではないのか?(歴史解釈は所詮、勝者の取捨選択な部分があって正しい歴史なんてものはないのだろうが。戦争原因をそれぞれに考え、それを回避する為の方策を話合うことが大切なのではないだろうか)。なのにこの国ときたら戦争を支持し、そしてなにもかも棚上げして安易なナショナリズムに走ろうとしている。愚かな国。この国の何をを愛する?何を誇りに思う?
MUSES-Cが無事、
MUSES-Cには僕の名前も積み込まれているので(日本惑星協会のミリオンキャンペーンに、実は一年近く前につい応募した・笑)、なんだか半ば自分がソラへ旅立っていったようでもあってワクワクしている。
小惑星1998SF36はなるほど、サンテグチュペリの「星の王子さま」が住んでいる星にふさわしい可愛らしい星(400m位らしい)だ。そういう小惑星へ、薄いメタル箔に刻み込まれた僕らの名前が多分、半永久的に着陸する。いつか未来に、地球人が小惑星へ降り立ってそのメタル箔を見つけるのかもしれないし(旧人類からのタイムカプセルのようだね)、或いは、小さなその星でバラを育てている王子がみつけるのかもしれない。
打ち上げに成功しただけであって、実験はまだはじまったばかり。これから冒険が山積といったところなのだろうけれど、僕の想像は膨らむ一方で。あぁ、僕の名前はソラへ旅立っていったのだなぁ。探査機がうまくメタル箔を挟み込んだターゲットマーカーを惑星へ埋め込むことができさえすれば、おそらくは太陽が爆発するそのときまで、その星と寄り添っていくのだろうなぁ、などなどなど。こういう無条件のソラへの憧れは、一体どこから生まれてくるのか自分でもよくわからない。
神戸新聞社へ
この前ボクが出ている時にたまたまテレビがついており、それを見ていたところ、報道人がボクの名前を読み違えて「鬼薔薇」(オニバラ)と言っているのを聞いた
人の名を読み違えるなどこの上なく愚弄な行為である。表の紙に書いた文字は暗号でも謎かけでも当て字でもない、嘘偽りないボクの本命である。ボクが存在した瞬間からその名がついており、やりたいこともちゃんと決まっていた。しかし悲しいことにぼくには国籍がない。今までに自分の名で人から呼ばれたこともない。もしボクが生まれた時からボクのままであれば、わざわざ切断した頭部を中学校の正門に放置するなどという行為はとらないであろうやろうと思えば誰にも気づかれずにひっそりと殺人を楽しむ事もできたのである。ボクがわざわざ世間の注目を集めたのは、今までも、そしてこれからも透明な存在であり続けるボクを、せめてあなた達の空想の中だけでも実在の人間として認めて頂きたいのである。それと同時に、透明な存在であるボクを造り出した義務教育と、義務教育を生み出した社会への復讐も忘れてはいない
だが単に復讐するだけなら、今まで背負っていた重荷を下ろすだけで、何も得ることができない
そこでぼくは、世界でただ一人ぼくと同じ透明な存在である友人に相談してみたのである。すると彼は、「みじめでなく価値ある復讐をしたいのであれば、君の趣味でもあり存在理由でもありまた目的でもある殺人を交えて復讐をゲームとして楽しみ、君の趣味を殺人から復讐へと変えていけばいいのですよ、そうすれば得るものも失うものもなく、それ以上でもそれ以下でもない君だけの新しい世界を作っていけると思いますよ。」
その言葉につき動かされるようにしてボクは今回の殺人ゲームを開始した。
しかし今となっても何故ボクが殺しを好きなのかは分からない。持って生まれた自然の性(サガ=ルビ)としか言いようがないのである。殺しをしている時だけは日頃の憎悪から解放され、安らぎを得る事ができる。人の痛みのみが、ボクの痛みを和らげる事ができるのである。最後に一言
この紙に書いた文でおおよそ理解して頂けたとは思うが、ボクは自分自身の存在に対して人並み以上の執着心を持っている。よって自分の名前が読み違えられたり、自分の存在が汚される事には我慢ならないのである。今現在の警察の動きをうかがうと、どう見ても内心では面倒臭がっているのに、わざとらしくそれを誤魔化しているようにしか思えないのである。ボクの存在をもみ消そうとしているのではないのかねボクはこのゲームに命をかけている。捕まればおそらく吊るされるであろう。だから警察も命をかけろとまでは言わないが、もっと怒りと執念を持ってぼくを追跡したまえ。今度一度でもボクの名前を読み違えたり、またしらけさせるような事があれば一週間に三つの野菜を壊します。ボクが子供しか殺せない幼稚な犯罪者と思ったら大間違いである。
――――ボクには一人の人間を二度殺す能力が備わっている――――
P.S頭部の口に銜えさせた手紙の文字が、雨かなにかで滲んで読み取りにくかったようなのでそれと全く同じ内容の手紙も一緒に送る事にしました。
さあゲームの始まりです
愚鈍な警察諸君
ボクを止めてみたまえ
ボクは殺しが愉快でたまらない
人の死が見たくて見たくてしょうがない
汚い野菜共には死の制裁を
積年の大怨に流血の裁きを
SHOOLLKILLER
学校殺死の酒鬼薔薇
もうすぐ神戸連続児童殺傷事件の少年Aが東医療少年院(東京都府中市)から仮退院するようだ。(朝日新聞より)。もうそんなに時が過ぎたのか。97年に起きた事件だから6年。14だった少年はもう20。記事をみてとりとめなく考えたことをメモ的に。
ぞくりとした当時の彼の手紙はどんなだっただろう、と改めて読み返した。"ボク"という言葉の繰り返し、"国籍がない"、"透明な存在"という科白。酒鬼薔薇をまるでヒーローのように扱う中学生のことなどを思しながら。
なんだか寂しくなった。透明で国籍がないのは彼だけではないことや、復讐される社会にどこかで納得してしまう自分に気付いてしまうのだ。"こんな社会、復讐されても仕方がない"という思いが、"彼ら"に引きずられるように僕の中ではどうしてももたげてくる。多分もっと別な社会だったら。そう、もっと愛すべき社会だったら、僕の反応だって、そして恐らく少年Aの行動だって違ってきたはずだ(消費社会にはうんざりしてきている。飢えている世界があるかと思えば、かたやいらないものを売ろうと必死になっている世界もある。不景気、不景気というけど、そのこと自体がおかしいんじゃないの?ちょこまかちょこまか目端を利かして他人を少しでも出し抜こう、出し抜いたら得した気分になれるカラクリ自体がなんだかバカバカしい。財産という利己的な発想自体が僕らの不幸を招いている気がして仕方がない)。
「赤ん坊を包み込むように」少年Aへ接した教官たち(毎日新聞より。この記事が一番、冒頭の挑戦状での彼の気持ちとオーバーラップしてくる)。彼は赤ん坊からやり直さなければならなかった。そのことの意味。
News23でどうして人を殺したらいけないの?という疑問に誰もが的確な応えを返せないことが話題になったことがあったけれど(どのコトバも白々しい。そりゃ僕らは戦争を景気よくやる世界にいるんだから、どんな科白も白々しく聞こえるよね)、逆に僕が問い返してみたいこと、考えつづけているのはどうして人を殺さなくちゃならないの?ということ。
ゲーム感覚?金がほしいから?イライラするから?
襲われたから反撃したまで、という想定はナシ。誰に襲われるのか定かではないし、僕の問いは最初に殺意をもった方への問いだから。
一体この国はどうなっているんだ?碌な議論もないまま有事法を可決しちまうのか?密室議論で、スピード可決?(民主党も公民党もクソったれ!だ)
有事有事というけれど、"先制必勝"とばかりに政府が有事と思ったら戦争をおっぱじめるのか?有事を避ける努力もなしに(災害は災害で別に法律を作ればいいんだ。災害と戦時法を一緒にしているところがアザトイ)、軍事手段を用いる為の法律作りに励んでいるのだから、問題がこじれれば軍事に頼ります、といっているようなものだ(しかし一体軍事でなにを解決するのだ?)。有事を自ら作り出し戦争をおっぱじめるアメリカの大統領さんたち(一部のエリート。富める連中。そして踊らされる莫迦)の戦争の手助けをする為の法律じゃないか。アメリカが守ってくれるからアメリカの手伝いをする?莫迦な。帝国主義にパートナーなんてありえない。
白い装束のパナウェーブ、パナウェーブとニュースはそればかりだけれど。連中、10年も前から活動しているんだよ(案外このテの団体はこの国で氾濫しているのかも。人を信じられない連中が宗教に走るんだと思うんだけど。確かにもぅうんざりだ)。どうして今なんだ。報道が今のタイミングなんだ。オウムを思い起こさせて、やっぱり「いざ」というときの為に有事法を必要だとでも言いくるめたいのか?どさくさに紛れて、いくらでも拡大解釈の可能な法律を今がチャンスとばかりに作ってしまえってこと?
隣の韓国の大統領も心配だ。政府に反対する人々のことを「雑草」と表現したことも驚きだったけれど(韓国:「雑草政治家刈り取って」盧大統領メールに政界大騒ぎ
毎日新聞より)、米韓首脳会談にしてもちょっとブッシュにすりよりすぎなんじゃないのか。殆ど片思いにも見える。世界中が右に傾いてきている気がしてならない。気がついたときはファシズムか。
SARSが日本へ上陸したようだ。そりゃ日本人がいくら旅行を控えても、向こうからやってくるよな(アジア旅行でひとまず安全なのは日本旅行で。台湾の旅行会社は日本旅行の売り出しに熱心だと、4月の中旬あたりに讀んだ記憶が※台湾旅行を企画していた為、情報チェックに熱心だった)。
世界は小さくなっている。そしてスピードの時代、か。社会のスピードは加速する一方だけれど、その社会の中で生きる人間の処理能力の方は、社会のスピードに追いついていないんじゃないか、という気がする。
先週、ニュース23でスローライフの特集をやっていたようだけれど、この時期にそれをやるの視点が面白い、と思っていた(そういう僕も日々つい慌しく、番組をみないで、筑紫さんの多事争論のみネットでチェックする始末なのだけれど)。そしてその特集に対して8,000通を越える反響があったとかで、嬉しい報せ。僕が「嬉しい」と表現するのは、世界が右に傾いている気がして仕方がないのに、でもみんなそれぞれにちゃんと足元を見つめて生活しているんだな、ということをその反響から察することができてほっとする気持ちから。スローライフか。資本主義の産物、スピードライフ、ファーストフードのアンチテーゼからはじまったスローフード。『ユートピアだより』の生活、ユートピアのヒントはここにあると僕は思う。バタバタしていることが多い僕だけれど、予定や目標はなくても、結構日々を面白く楽しくやれる自信はあるんだよね。
今日はモロッコで連続爆破テロか。起こるべくして起こっているという気持ち半分。ターゲットはユダヤ人だろうか?結局問題はここへ帰結してゆくということか。
イスラエル・パレスチナの中東和平の行方はアメリカがロードマップを提示してきたときから気になってはいた(つまりアメリカは、中東で反米的な空気が流れている中、どういうつもりでこの時期に中東和平を提案してきたのかということが気になっていた)。今日両首相の初会談があるようだけれど、果たしてどうなるのか。アメリカがしゃしゃり出てきているのは、おそらく今のタイミングで中東和平を解決してみせれば、中東での反米的な空気を払拭できる、ということなんだろう。"俺様の言うことをきかなかったら実力行使するぞ!!"とばかりに、ブッシュ的な単純さで、イスラエルも脅しつけるつもりだろうか(もしもブッシュが誰の助言にも耳を貸さず突っ走れば、意外と実現するかもしれない、という気がするところがコワイ・苦笑)。確かに和平が実現すれば、武力による和平の実現、武力行使の正統性を主張でき、中東での反米的な視線を少しは和らげることになるだろう。
和平案の中身も気になっている。オスロ合意のときより、パレスチナの譲歩を求める内容だという記事を讀んだ記憶があるが。オスロ合意の内容もかなり不平等な内容だった印象がある。パレスチナの国土と認められるのはわずか20%のエリア。しかもそのエリアは、自治政府が行政権・警察権をもてるエリアと、行政権のみのエリア(警察権はイスラエル側)、残りはイスラエル側が行政権・警察権をもつエリア、3種類にわかれる(参考はPeaceBoatの講演記事から。僕が以前参加したのはこの講演ではないけれど、確かイスラエル・パレスチナの報告会を聞きにいった際に放送大学の高橋和夫さんの解説で地図をみながらオスロ合意の話を聞いたことがある)。そういう中身のオスロ合意だったのだけれど結局約束は反故され、イスラエル側は入植を続け、今に至る(シャロンがモスクに無神経に入ってみたり、リンチがあったテロがあったり。合意の不履行に至る原因は、互いにルール違反をしつつ、といった側面があると思うけれどひとまず割愛)。つまり、今回の和平案のパレスチナ側の譲歩というのは、イスラエル側がオスロ合意以後も入植活動を行って自分たちのエリアだという既成事実を作ったことによる、パレスチナの自治エリアはさらなる縮小ということだろう。果たしてそれをパレスチナ側は認めることができるのか?(個々にやむにやまれぬ事情があるにせよ、これだけ世界中でニュースになっているというのに、オスロ合意後も入植を希望する入植者の神経も、正直、相当だと思う。入植初期段階の人間はともかく、「知らなかったんです」とは今さら口が裂けてもいえまい)
両者が共通の認識をもてるくらいに、両者の理解は深化するのか?(タカ派のもうろく爺のシャロン首相が交渉相手じゃ和平なんて正直、無理だと思うけど。70半ばなんだからさっさと引退して欲しい)。それともアメリカが両者の不満を力で押さえつけて「解決」してみせるんだろうか?
アフマドの本を讀んで印象に残っているのは、本当の解決は、国家設立ではない、という指摘だ。
国家的独立、民族的独立が、わたしたちの時代が抱える諸問題への解決ではないということです。ここアメリカにおいて、黒人はきわめて長い間迫害をこうむってきました。黒人は奴隷として連れてこられました。契約による労働力として飼われつづけました。この国にあって黒人はなんらかのかたちで差別されつづけたのです。けれども、南部に黒人国家を創設する事が、この問題への解決でしょうか?アラバマ州とミシシッピ州を二つの黒人国家に変えましょうか?そうではありません。解決策は、差別を止め、偏見を克服し、二つの民族の融和を成しとげ、民主的な権利を回復し、ニ国民国家を樹立し、多文化社会を建設することです。悪への対処法は悪の除去であり、国家的独立に向けて統合することではありません。『帝国との対決 帝国との対決 イクバール・アフマド発言集』デヴィット・バーミアサン著より
イスラエル・パレスチナの和平案も、きっと国境の線引きに拘る限り、本当の解決にはならない。民族が、宗教が、人種が、というけれど。もともとパレスチナ人もユダヤ人も隣り合って穏やかに暮らしていたのだ。共存できない筈がない。テロでは結局のところなにも解決しないということを悟らなくちゃならないし、武力を振るってもテロを押さえ込むことはできないという認識をもたなくちゃならない。和平を壊すことは簡単だけれど、和平を実現することのなんと長い道のり…!
13歳の米少年が大学卒業へ 数学専攻、目標は大統領
YAHOOの社会ニュースから
先日たまたまラジオで彼のインタビューを聞いていたので、目に留まった記事だ。バージニア州のランドルフメイコン大学に10 歳で異例の飛び級入学を果たした天才少年グレゴリー・スミス君(13)が、5月末に同大を卒業する。目標は大統領か。ゴルバチョフをはじめとする様々な人に会っている彼。米国での認知度も高いし、実際、立候補したら大統領になるかも。なるといい。彼が大統領になったら。
アメリカは変わるだろうか?変わればいい。
一人の少年に期待するなんて、自分で考えることを拒否しているとも思うけれど(つまり民主主義の放棄だよね。まぁ大抵このジレンマから貴族政治や君主政治がはじまるんだろうけど)。
彼のイタビュー、考え方は惹きつけるものがあった。
彼は一足飛びに進化していて、若い≠未熟とは限らない。経験値の高さも併せ持っている。
いい人間がいい政治をするとは限らないけれど、期待したくもなる。
世界の子供たちのために活動する11歳という記事を讀めば、彼の人柄は大雑把に察することができると思う。
比国軍、反政府勢力拠点を空爆 死者50人以上
(朝日新聞より)
フィリピンのアロヨ大統領も、南部ミンダナオ島 で、テロリストの拠点を空爆などで攻撃するよう軍に指示。空爆をして何を解決するつもりだ?テロは空爆をしようがなんだろうが、低コストで少人数でどこでもできるというのに。
そして今日も自爆テロ。
入植地でテロ3件、9人死亡 シャロン首相、訪米延期
(朝日新聞)より)
テロはシャロン首相には「ロードマップ」の受け入れをしぶる口実を与えているだけなのに…。自爆テロ。壮絶だ。
モロッコ捜査当局は 17日、イスラム原理主義者 ら33人を逮捕したようだけれど。アルカイダ、アルカイダと連呼されると、だんだんアルカイダがやったんだ、という認識を刷り込まれるような感じでコワイ(あくまで可能性なんだよね)。
ブッシュはモロッコの連続自爆テロを激しく非難しているけど、元凶を作ったのは誰なんだ。
SARS流行地からの入国、問診強化 厚労省
(朝日新聞より)
夏には中南米に行こうと思っていて、航空機の手配をしている。
日本からの出国はいいけれど、旅先での受け入れ先がアジア方面からだと厳しそうだな。
大丈夫だろうか。またもやキャンセル、なんてことは……。
台湾人医師の日本旅行の経路を細かく発表するのは予防措置として当然の対処だとは思うけれど、事後処理は大丈夫なんだろうか。つまり「差別」の。
かつてのライ病患者みたいなもんだよね(その昔、空氣感染するって云われてなかった?)。
狂気の方が空氣感染するんだから気をつけないと。
「日本を倭と呼ぶ」 労働新聞が北朝鮮呼称に反発
(朝日新聞より)
朝鮮というのは蔑称だから、という話をきいた記憶があったので、「大韓民国」を略して韓国と呼ぶのに、どうして「朝鮮民主主義人民共和国」を北朝鮮と略するんだろう、とちょっと気にはなっていた。
でも人道支援関係でも「北朝鮮」と言ってたりしているし、メディアも北朝鮮と連呼しているし、なんでだろう?と思ってはいた。
略するなら「朝鮮」か「共和国」だろうし、北朝鮮と呼ぶなら、韓国は南朝鮮と呼ぶ筈だ。
朝鮮学校とか韓国学校というんだから、やっぱり朝鮮と韓国という云い方がふさわしいんだろうか?
ほぼ日の鳥越さんもこの記事を取り上げていて、北朝鮮は単なる地理的呼称だと思っていた、というようなことを書いているけれど、それならやっぱり韓国は南朝鮮という言っている筈だよね?
日本では無視されているニュースのようなだけれど、さて。
続アンテナ考(昨日に引き続き)
はてなアンテナは面白いけれど、JavaScriptを使えないのがやはり…。僕のメインブラウザは今のところOperaなのでとりあえずカスタムパネルへ入れてみた。
以上知っている人は知っているOperaユーザーの小技。
Mozillaのサイドバーにも追加しようと思って、AタグにはTarget="_content"の呪文を唱えることにした(すると今開いているブラウザにリンクを反映してくれる。Operaではこういう呪文はないので、_contentsのウィンドウに次々表示させていく他ない模様)。
サイドバーへ追加するスクリプトは以下。
<script type="text/javascript">
<!--
function addSidebar() {
if ((typeof window.sidebar == "object") && (typeof window.sidebar.addPanel == "function"))
{ window.sidebar.addPanel ("Title", "URL",""); }
}
// -->
</script>
<p><a href="javascript:addSidebar()">Title</a></p>
TitleとURLをサイドバーにしたいタイトル、URLへと変更すればいいだけのよう(簡単だ!デフォルトでasahi.comのサイドバーがあるけれど、はてななんかを利用すれば独自のニュースバーが意外と簡単にできるかも)。
それにしてもこのサイトのアンンテナでの取得は、今のところうまくいかず…。文字定義の仕方かな、と睨んでいるが。広告がウザイ。
夏の嵐のように。雷鳴は鳴り響いた。
しばらく忘れかけていた地鳴りのような音。
久しぶりの雷鳴に、夏の足音を聞いた気がした。
イスラエルの自爆テロ実行犯は19歳女子大生か(朝日新聞より)
世界保健総会、台湾の参加を拒否 外交部談話発表(朝日新聞より)
テレサ・テン、中国で解禁か 上海墓地に墓と像(朝日新聞より)
ひょいと足をとめた。
アスファルトにはチョークの落書きが一杯。夜道の中でもぼんやり明るく、女の子の顔やハートマーク。謎の基地のエトセトラ。
自分にも身に覚えはあって、思わず苦笑い。
硬くて強情なアスファルトに、真摯な一撃!?
米国防長官、小型核兵器は「研究するだけだ!」(朝日新聞より)
民間空港に米軍機790回着陸 自粛要請無視のケースも(朝日新聞より)
「軍事費分の納税拒否、強制徴収は違憲」慰謝料求め提訴(朝日新聞より)
やはり
地面ばかり見つめていては息が詰まる。
ふとしたとき、今宇宙のどのあたりを僕の名前は飛行しているんだろう、と考えるとき。僕の視点はぐいっと宇宙まで上昇して、ほッと息をつけるのだ。
直径500mという小柄な星は、いかにも星の王子さまが住んでいそうで。僕らは彼に遭遇できるのだろうか。
つい探査機のことを考えてしまうこの頃。
小惑星は惑星が誕生するころの記録を比較的よくとどめている化石のような天体だから、今回のターゲットになったわけだけれど。大きい星だと重力も大きい。探査機はリターンしてくるので、多分、重力が巨大すぎると、星から離脱するエネルギーが膨大になってしまうのだろう(化石燃料が必要になってくる)。リターンするという前提で考えてたとき、小惑星はそういう意味でも良いターゲットだなぁ──というのは僕の勝手な解釈なのだけれど、さて。
米軍、テロ警戒レベルを4段階の最高に 国防総省(朝日新聞より)
米エール大で爆発、けが人なし FBIテロ対策班が捜査(朝日新聞より)
対欧米テロ強化呼び掛け ビンラーディン氏右腕(産経新聞より)
ザワヒリ副官はテープの中で「十字軍・ユダヤ人連合(欧米諸国とイスラエルを指す) は殺人や流血の言語しか理解しない」と述べ、米国、英国、オーストラリア、ノルウェー の各国名を具体的に挙げ「その権益、企業、従業員の足元の地面を焼け」と、かつてな い激しい言葉でテロを扇動した。とあるけれど、ノルウェー?この声明を受けてオスロの米大使館は閉鎖。オスロといえば思い浮かぶのはオスロ合意だけれど……。オスロ合意に対する反発?
この数日、ウズベキスタンの子が遊びに来ていた。
僕にとってはいささか突然の来訪である。木曜にちらりと「土曜日にウズベクから友だちが来るからー」と弟に言われ、ふーん。金曜の夜になって、少々浮世離れした弟に「日曜日どこに連れて行こう。なんだか彼はディズニーランドに行きたいらしいんだけど…」と相談され、それなら大人数で行った方が楽しいだろう、と、慌てて金曜の夜中から土曜の昼にかけて、友だちに声をかけて、なんとか連れを一人捕まえて。日曜の朝も早くから(僕にとってはね。多分、休日には夕方まで寝た押していることもザラの友だちにとっても…)、TDLへ行ってきた。久しぶりである。アメリカ資本だよなー、とはちらりと掠めたものの。キャストのなりきりモードや、警備までもがにこやかだし、ゼッタイに外のビルディングなどはランドの中からは見えないなどという作りは、やはりさすが…。
アブドラは昨年弟がウズベクへ短期留学していたときに知り合った子だ(どこぞの王子と同じ名前だ。ムスリムではメジャーな名前?)。以来ずっとメールでやりとりしていたらしい。この4月から名古屋の大学へ留学していて、日本語はカタコト(でも発音はいい!ウズベク語は発音が豊富だから、どの言語の発音にもすんなり対応できるらしい)。英語はバリバリ。ムスリムだから豚肉はゼッタイに食べないし、酒も煙草もやらない(でもウズベクからの留学生の10人うち8人は酒をたしなむそうだから、これは宗派や親の教育によるものらしい)。礼儀正しくまじめだが、素直で陽気。それにトライ精神豊富な彼は、年下のせいもあるのだろうが、可愛いくって、つい世話したくなるトクなキャラだ。
「Really?」と「マジでー?」が彼の頻出単語。
「日本人は朝食でみんな味噌汁を食べるんだよ」と云ってやると「Really?」。友だちの家に泊まったら、朝食は玉子ぶっかけご飯だったと反撃してくる。
反応が面白くてつい調子に乗って、名古屋から東京へ来るときに富士山をみたか?パブリックバス、銭湯の壁画はみんな富士山なんだ、と云ったら、「Really?」とやっぱり素直に驚いて面白い。まぁ太宰も銭湯の富士山の絵は〜、と書いているのから、そうウソではあるまいよ。あまり銭湯へ行く機会もないから僕自身は銭湯の壁画を見比べたこともないのだが。
朝は洋食にしようかと尋ねると、和食にトライする、というので和食に。結果、毎朝彼は味噌汁の豆腐と格闘し(箸は特訓したらしい。が、食事の後半戦になると疲れてきていた)、食事の後は、手を合わせて「ごちそうさま」と云うんだよ、と教えれば、やっぱり「Really?」。学食ではみんな食べ終わるとすぐさま席を立って行くと主張していた(…確かに。よく見ている・笑)。
そんなこんなのノリでTDLも珍道中(スプラッシュマウンテンでは、コースターが落下する際に撮られる写真を買って彼にプレゼント。まぁヘンな顔して映っているので、そう自分ではもっていたい写真ではないが、決定的な写真であるのは間違いない。彼が写真を何度も見て、丹念に検分しているのが可笑しかった。写真を撮られるとわかっている僕や僕の友だちは万歳をしていて、後ろに座っていたアブドラと弟にも、手を上げるんだ、と事前に云っていたのだが。結局弟は座席に固まって手すりに捕まっているし、アブドラは恐々と小さく万歳ポーズ。だからきみたちは勇敢だ、というようなことをアブドラが云うのだ・笑)。帰国子女の僕の友だちは衒いなく英語を話すタチだし、アブドラはやっぱり朗らかでいい子だし。コースター系がそう得意でもない浮世離れした僕の弟は多少、呆然としていたようだが。一瞬のスリリングの為に待つ待ち時間は、みんなでだらだら喋りながら。面白い時間を過ごせた。
台湾行きがチャラになって腐っていた僕にとって、向こうからやってきた突然の来訪は、良い気晴らしになった。ホスト役だから当然世話は見るけれど(意外とさびしんぼうで、弟にベッタリだ・笑。まぁ弟は母国語を話してくれるし、一人、部屋に篭っていてもつまらないし、弟は弟で、やっぱり年下の彼を弟分のように感じているらしい)、それでも海外へ旅行するよりも安上がりだし、それこそ家にいる祖父母にとってははいながらにして、彼はウズベクの文化を垣間見せてくれるのだ。ホストファミリーの楽しさ、オモシロさというのをちょっと垣間見た気分だ。
昨日の朝はアブドラが名古屋へ帰るというので、撮影大会。遅刻しそうな僕は慌てて家を飛び出して、門を出たところで、緑の首輪をつけたチャトラの子猫と危うく正面衝突しそうになった。
子猫といえば、かなりビビッた様子で、
今日もまた朝の散歩を気取って子猫は家の庭まで遊びに来ていた。
庭先で用心深くも遠巻きに僕の様子をみている。そのうちに慣れてくれればいいのだが。
テロ呼びかけるアルカイダ最高幹部の「肉声」放送(朝日新聞より)
米からフィリピンへの軍事援助、テロ戦で3.5倍に急増(朝日新聞より)
インド、パキスタンへのバス路線再開を決定(朝日新聞より)
大統領、外相を創設 EU憲法原案を公表(朝日新聞より)
ユーロ買い加速 対ドル、対円とも過去最高値(朝日新聞より)
注文していた新しい時計がやってきた。1週間に2時間も遅れていく今の時計とやっとおさらばできる(しかも何故か弟のおさがりだった…)。手に入れたのは電波時計だ。以前、旅行用にと小さな目覚まし時計を物色しに時計屋へ行ったときから、電波時計には目をつけていた。時計の時刻は大抵、少しずつズレていくものだから電波時計だったら、なるほど便利だなぁと思っていたわけである(クォーツ時計は水晶の振動で動いていて、そのカットがいい加減だとどんどん時刻がズレていくとか。PCの時計なんかが甘いのはそのせいだ、と以前、云われたことがある。※参考スイス時計協会)
今使っている安物の目覚まし時計が壊れたら次はきっと電波時計にしてみよう、と思っていたので、嬉しい。毎時間、電波を受信して時刻をマメに調整するようだ。僕の手に入れた時計はアナログスタイルの電波時計だけれども、最初の1回目、つまり12時の針が一気に今の時刻までカタカタと右回りで動いていくさまはかなり面白くも奇妙な光景だった。
汚染源特定へレーダー探査 茨城・神栖町ヒ素汚染(朝日新聞より)
イラク戦争がもたらしたもの 市民の笑顔が語る「自由」(毎日新聞より)
ビデオの予約録画の操作方法をこれまで知らなかった弟は、結構凄いと思う。
このビデオデッキになってから一体、何年経つのか。
弟の最近の珍発言集
僕以上に浮世離れしているので少々心配だ。ちなみにアブドラを東京駅まで迎えに行って、家へ案内するときも、中央線の特急に乗ってしまい、最寄の駅を通過してしまったぼんやりさん。アブドラにしみじみと「東京の電車はムツカシイねー」と慰められる始末。
「関東大停電」の虚実(朝日新聞より)
<東電>真夏の停電回避へ 東北電などから電力購入(YAHOOより)
新型肺炎:上海寄港の英国軍艦、日本へ 検疫所困惑(毎日新聞より)
イオンエンジン着火に成功 小惑星探査機はやぶさ(YAHOOより)
母ウマから「クローン・ラバ」 米大チームが成功(朝日新聞より)
台風で引きこもっているすきに、前から気になっていたMozilla Firebirdをインストールしてみた(Opera6.07、Mozilla1.01、IE6.0、NN4.7、Lynx…。僕のマシンはブラウザ気違いか)。
普段のメインブラウザはOpera6.05なのだけれど、火の鳥に移行してもいいかなぁ、なんて思ったりもした。Firebird1.0が出る頃にはかなりの完成度なんじゃないだろうか。
僕がOperaで多用している機能は検索の窓とマウスジェスチャー、マルチユーザー インターフェイスとシングルインターフェイスの切替(当然僕はマルチだけど!)、ポップアップのオフ。Operaではあの軽さでデフォルトで提供されているところが凄いと思うけれど、これらは火の鳥も拡張したりなんかしてフォローできる。それとOperaで愛用しているのはユーザースタイルシート。実はこれがMozillaやNN、IEでは「使えない」。設定する場所はあるけれど、階層の深い場所に設定場所があるせいで、Opera並みの気楽さで自分仕様のスタイルシートを切替えることができないのだ。僕は近視だから、背景黒。文字は灰色。フォントは大きめ。それまで長文を読むときは今はなき「窓の中の物語」というビューアーソフトを使っていたものだけれど、Operaになってからはユーザースタイルシートで十分代用できた。マイナーな機能だけれど、慣れるとこれほど便利なものはない。
Opera以外の主なブラウザでは、ユーザースタイルシートを書き換える事で、フォントサイズや文字幅等の修正はできる。しかし切替えが手軽にできないせいで実質それが固定値になってしまい、作者本人のレイアウトへ戻せなくなってしまう。僕なんかはいい加減なタチだから完成度の低い自作のスタイルシートを使っていて、よくいくサイトで自分のユーザースタイルシートで対応できないければ、ユーザースタイルシートを徐々に修正していって自分好みのスタイルシートを作っていっている。さもなくばさっさと諦めて、作者モードへ切替えたりして対応しているのだけれど、他のブラウザではそれができない。Mozilla系ではJavaScriptなんかで実装するのは簡単なような気もするけれど、どうもよくわからない。
ひとまず僕の中でのブラウザランキングはOpera6.07>FireBird>Mozilla>IE6.0>NN4.7と云った所だろうか。ユーザースタイルシートの切替えさえ可能になれば、Geckのレタリングは良いと思うので、FireBird主導はアリだろう(導入はOperaの方が楽だし、軽いし、気の効いた機能もデフォルトで網羅されているけれど!レタリングで一部バグっているところが気になる)。NN7を導入しなかったのは、NN6が激重だった印象があるせいだ。NN7は余計な機能も沢山ついてきそうだし(AOLとか)、イチイチ削除していくのも手間なので。
MozillaFireBird導入にあたっての参考メモ。
<blockquote>および<q>で引用元を表示。CITEという属性で引用元を入れているんだから、Aタグでリンクを貼らなくても、飛べる機能がブラウザに実装されていなくちゃあんまり意味がないと思うしね)、「Ruby Support」(ルビタグ対応。ユーザースタイルシートで対応することもアリかな、と思ったのだけれど、とりあえず手軽に実装。ルビタグはなかなか便利だと思います)。