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びりびりと皮膚に突き刺さるような太陽の黒い光線。
あの痛いくらいの強い日差しを、この土地のぼんやりした太陽の光の中で僕の皮膚はどうしようもなく恋しがっている…!
喫茶店へ入って一息つき、さて、モカでも飲みながら本でも読もう、と思ったのに、ふと視界の片隅に、隣り合わせのテーブルの男女の動きを捉えてしまった。なにやら向かいに座った男の方が、熱心にメモ用紙に書き込んでいる。喫茶店で勉強でもしているのかな、と思ったら、今度は手前の女の方も同じ用紙に書き込んでいる。書き込んでいるのは図面でもなんでもなくて、ただの会話。縦横無尽に奔放に書き込まれる会話。聴覚障害なのかな、とも思ったけれど、時折笑い声を発するし、小声で話しているような素振りもあって、イマヒトツ、手がかりがない。
なんとなく気になって仕方のない二人だったけれど、間もなく二人は立ち去り、僕は本のページを開いた。
「親は市中引き回しで打ち首に」 鴻池防災担当相(7/11 12:30朝日新聞より)
「戍よ、狗盗を産んだ国はそしられず、狗盗を容れ、狗盗をやめさせたわしが非難されるのであろうか」

ついにラブが歩み寄ってきた。
ラブはロイの年上妻で、ロイと僕らの遊びを、そっと塀の影から、顔だけ出して見つめていることが多かった。
ロイの遊びが気になるのか?子どもだましだと思って、僕らの遊びをすまし顔で離れてみているだけなのか?──ラブと僕らの距離感は微妙で、声をかけると迷うようにこちらをみつめ、逃走していく。たまに近づいていくることもあったが、突然、フルスピードで走り出し、脇を通り過ぎていく。
用心深い子だなぁ、と思っていたけれど。
突然、彼女は歩み寄ってきた。
なでるとゴロゴロといい、アタマをぐいぐいと擦り付けてくる。
ロイは遊ぶことは大好きで好奇心一杯。怪しい動きをする草叢だとか、網戸越しに人が動く部屋の中だとか。そういうものに多大な好奇心があって、考え深そうによく覗き込んでいる(以前はよく網戸に張り付いて覗き込んでいた。近頃は大人びてきて、思慮深げにじッと座ってみつめている)。磊落な気性で人の懐にさッと飛び込んでしまう度胸はあるわけだが、なでられたりするのはスキではない。なでられるときは「仕方ないなぁ」という態度が露骨で、目をほそめたり、ゴロゴロないたりなんてことはまずしない。
ラブのほうは、今までずっと距離を保っていたくせに、一旦、心を決めるや否や、スキンシップをぐいぐりと求めてきて、ちょっと吃驚している。いつも孤高を持しているように見えたけれど、それはかなりの人見知り。かなりのさびしんぼうだったわけだ。彼女と親しく付き合うコツはひたすら時間の流れ、ということだったわけだ。
ところでタカラからミャウリンガルがこの秋発売される。バウリンガルの仕組みを聞いたときには、アイディア商品だなぁ、と思ったけれど。猫たちはサカっているときは別として、ほとんど鳴かない。眼で語る、素振りで雄弁にモノを語ることが多いと思うのだが。さて、どうだろう?どちらかというと、彼らの言葉を翻訳するより、人語を猫語に訳する方が有効なのではないか。
「打ち首」発言、撤回しない=補導中学生の両親になお不満−鴻池担当相(7/17 14:10時事通信より)
昨夜、友だちと飲みに出かけて、その際に、VCDを受け取った。
去年、中国四川省へ一緒に出かけた友だちで、旅行中、僕らは毎晩、とある連続ドラマを熱中してみていた。科白は中国語なのだが、中国語の字幕が出ていて、絵とそれを見ていると、なんとなくストーリーは飲み込めるのだ。時代物の活劇風で、とにかく面白い。この人は工藤静香に似ているー、などと勝手に、主人公たちに、顔の似ている日本の有名人の名前をつけて、面白がってみていたのだ。
全42話。再放送で、連日、2話くらいずつ放映されていて、帰国前夜がちょうど最終話。旅行中も、DVDを売っているところをみかけると、店舗へ入り、そのドラマのパッケージを捜し求めていた僕らだったが、ついに手に入らず。
帰国後もネットで探してはいたのだけれど、うまくみつからず、僕の方はすっかり諦めていた。ところが、1年近く経った今になって、友だちはネットで発見。「書虫」(中国モノを扱っているネット上の専門店)でVCD全巻をみつけて即購入。毎晩、辞書を引きながら1話ずつみているという。
そんなわけで、手始めに5巻分だけ、友だちから借りてきた。タイトルは「鳳在江湖」。VCD(中国や韓国でよくみかけるフォーマット。かく言う僕も、三国志の連環画についていたVCDをもっていたりして)なので無理やりPCで見ている(DVDデッキは持っていない)。学生当時は辞書を引いて訳していたけれども、今は翻訳サイトがあるから、単語ごとに訳さず、そのまま文章で入力して訳すこともできるからある意味少しは楽だ(もっともどうせピンイン入力だから、発音記号を調べるために辞書はひく)。中国語を入力するお膳立てもWin2000やXPだと楽になっている(NTなんかだとひと手間。そういう意味で、楽うになっているとは思う)。
3連休はそんなこんなで、客もくるし、あッという間に終わってしまいそうだ。
「日教組に作られた人格」が原因 森前首相、少年犯罪でもどうなのよ。どうせまた自虐史とか思っているクチなんだろうけど、教育を受けた身としては、自虐だなんて思ったことはなかったけど?戦後教育を受けてもないおじさんが外からさらりとみて余計なことをクチだしするなよ、と戦後派は思うわけですよ。
News23では野中広務さんが出ていた。自民党だけど彼はまともだよな、と思う。
イラク特措法案等に関する記名投票を要求している、という話を聞いて(起立投票では誰が賛成しているんだか、わけがわからず無責任だ、という論理。後世に恥じない選択をしている、というのなら、堂々と記名して記録として残せ、というわけだ)、そういえば、イラク戦争に関しては、[イラク攻撃に関する国会議員公開アンケート]というサイトがあったことを思い出す。特措法や重要法案に関しても、このテのデータは欲しいところだ。
オストラシズム(陶辺追放制度)は復活しないのだろうか、と思うこの頃。当然、専制者の出現を危惧しているから思うわけだが。プラス投票だけでなくマイナス投票もあればいいのに(マイナス投票された分を差っぴくわけだ)。プラス票を獲得しても、マイナス投票も集まって、一発逆転、なんてことも起きるだろう。
選挙で思い出すのは、中学校の生徒会。
立候補する人間は稀な存在で、3年間ずっと信任投票だった気がする。しかし信任投票とはいえ、投票行為そのものは存在する。僕らが1年生だったとき、1年生による不信任投票があまりにも多いので、大騒ぎになったことがある。投票翌日のHRで、1年生はクラス毎に担任から説教されたのだ(担任のなかには、どうしてよいかわからず、泣き出した教師もいたとか)。
"頑張って立候補している人に頑張れの意味をこめて、一票を投じることに意味があり、不信任投票なんてとんでもない。他に候補もいないのに不信任するなら自分が立候補しろ"という理屈なのだろう。
しかし投票をする生徒の気分としては、信任・不信任の選択肢があれば、全て信任に○をつけるよりも、まばらに不信任も選択してみせるほうが「まじめ」に投票を考えている、という理屈があったのではないかと思う。
今考えてみても、今考えるとなおさら。先生たちの理屈は奇妙に思える。先生方の選挙の気分は「友だち」感覚なのだ。友達が頑張っているから、応援してやれ。選挙行為をその域におしこめているわけだ。なんというか、クソの役にも立たないナンセンスさ。選挙行為が、やはり(?)それくらいの意味合いしかもたないというのなら、そもそも投票自体をやめればいいのだ。有権者になったときの、予行練習的意味合いをもつ勉強であるからこそ、信任投票だろうと行事として投票行為を続行しているのだと思う。しかし不信任投票を非難し、あくまでも「友達」感覚であるとわざわざ「教育」(説教と言い換えてもいい)するというのなら、ナンセンス。いや、有害でさえある。
不信任はマイナス投票の意味合いをもち、システムとしてのその辺の意味合いも話し合ってみたら面白かっただろうに、と今更思ってみたり。何故、社会科の教師たちはテーマとして持ち出さなかったのか。「羊」のような顔をした恐ろしい他の教師といざこざを起こしたくなかったから?

ロイとラブは、雨さえ降らなければ、必ず家へ寄っていく。ラブの方はまったりと遊ぶのが好きで、撫でられていれば、満足そうなそぶり。しかしロイの方の成長は著しい。出会ってからのこの2ヶ月近くで、かなり大人びてきて、身体も大きくなってきたし、網戸へ貼り付いて中を覗き込むような子供じみたマネは今ではすっかりしなくなった。玄関のドア付近で、ごろんと寝転び誰かが出てくるのをじッと待っているのだ。出てくれば遊ぶけど、出てこなければ、まぁ仕方がない。そんなスタンス(で、そろそろこの時間帯だと、ロイかラブがその辺を出歩いているんじゃないかと、ついつい僕らの方が探しに出かけてしまうわけで。相当の確率でみつけているんじゃないだろうか。どっちが遊ばれているんだか)。
行動範囲もかなり広がってきたようで、以前は道路を渡らない範囲でしか行動していなかったようだけれども、道路を渡った向かいの家の屋根に上っていたり、駐車場の方まで足を伸ばしている(環八の抜け道になっているので、意外と車の往来の多い通り。なので、危ないよ、出るんじゃないよ、とつい注意してしまうわけだが、道路を渡っていることは彼自身もなんとなく後ろめたいらしく、こそこそとそのときばかりは振り向きもせずに逃げ出すのだ。家の前では、それこそ犬のように走って追いかけてくるくせに)。
「遊び」の方もタイヘンで、前は単純に紐をひらひらさせたら一目散に追いかけてきて、塀の上でひらひらさせればさッと塀に飛び乗り、地面でひらひらさせれば、すぐさま降りて来ておいかけてきたものだった(相当な運動量だ。家に帰ったら、ばッたり寝ていたらしい。飼い主談)。けれども慣れてくると知恵も回ってきて、塀の上でひらひらさせようとも、いずれ下へ降りてくるだから、下で待っていようとか、油断するフリをして、紐が近づいてくるまでは寝転んでみたり。紐の「動き」も草叢を蛇のようにずるずると動くような感じで、とか。動かし方によって、「食いつき」が相当違うのだ。
獲物への「食いつき」はこちらの知恵次第。コマの紐(5円玉をつけているから重さがあるってイイのだ)にしてみたり、それに飽きると、荷造りの紐にしてみたり。ビニル袋も怪しげで猫によっては堪らないツールだから試してみたが、まぁ、じれったいのはロイの好みではないらしくすぐに飽きた。
今日は緑の平たい紐を使ってみたら、ものすごい食いつきで、必死で追いかけてきた。しかし一度つかまると、爪に引っかかる性質の紐だったので、つかまらないように注意していると、ロイは気をそらして隣の家の庭へ入っていった。傘を干していて、風に飛ばされて傘はひっくり返っていた。その中へ「どんぶらこ」といった感じで、のしのしロイは入っていく。傘の内側に、足跡はつくし爪でも出されたら破けてしまう、と思って、一旦、ロイを追い出したが(他人の家の傘だけど、まぁ、ロイが憎まれたらイヤだしね)、いいアイディアだと思って、早速家の中から、透明の古い100円傘を取り出して、庭に広げてみた。なんだなんだとロイは興味深そうに、僕が傘を広げているのを眺めていて、地面に置くと早速傘の中へ入ってきた。どんぶらこ。
透明傘なので、傘の下で、紐をひらひらとさせると、ロイは紐を追いかけてくる。ごろん。
ロイの体重が移動したせいで、傘が少し回転する。次のポイントで、紐をひらひらとさせる。ごろん。
傘はぐるぐると回るし、紐はどうあってもつかまらないし。そのうちどうもおかしいと気づいた彼は、知恵を振り絞って傘から降りて紐を直接追いかけようとするが、すると紐は傘の内側へ移動して、やっぱりつかまらない。かなりじれったい遊びだっただろうが、傘はダイナミックにごろごろ転がるし、まぁしばらくは傘ネタで遊べそうだ。なにしろ、ロイと遊ぶには知恵が要る。…猫バカだな。