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夏カゼをひいている。
自分の熱なのか、外気の暑さなのか。熱にうなされるような躰のダルさの根源は判然としない。温まればいいのか、冷やせばいいのか。よくわからないまま、一向に直る気配もない。
夏本番、と思ってエアコンの掃除を始めた。カゼをひいているのに…、とぶつぶつと思いながら、居間と祖父母の部屋と自分の部屋と計3台。フィルターを洗い、パネルも外して風呂場でごしごしとやる。居間にある冷房のパネルは少し大きくて、気楽に風呂場でごしごしやれるほど単純な仕組みでもなさそうなので、ひとまず廊下で綿棒など使って埃をとる。鼻をつまらせながらなにをやっているんだか、と思いつつ、気になり始めるととまらない。勢いあまって気になっていた2階の洗面台の掃除もはじめる。2週間前に白く磨き上げたばかりなのに、1週間経たずして何故か汚れはじめて…。大抵夜寝る前に気になってちょこっとした掃除をするのだが、朝になると既に汚れている。朝方まで起きている弟が怪しいと睨んでいるのだが、改まる様子はない。共用スペースの掃除はほとんど「我慢比べ」状態で(汚したヤツが掃除すればいいのにね、と思いつつ、「汚し逃げ」していくわけだ)、不毛な争いに結局根負けするのはいつも僕なのか…。釈然としない気持ちのまま、洗面台をごしごし磨いている自分にもなんだか腹が立つ。
広島の原爆の日か。
戦後、祖父母が長崎に在住していただけに、被災地は長く自分の田舎だった。毎年夏休み中に長崎へ「帰る」と、平和記念式典が行われていて、原爆記念館、浦上天主堂は身近だった。「原爆」はつい意識してしまう。
逢坂剛の『燃える地の果てに』を読んだ。ひどい話。60年代にスペインの田舎町上空で空中給油をしていた米軍は墜落事故をおこすのだ。実はその事故を起こした爆撃機には、「暗黙の了解」で水爆を4基積んでいて、そのうちの1基を見失ってしまい…。──という実話を元にしたストーリー。
さすがは逢坂、過去と現在が絡み合う鮮やかな展開、ラストの大どんでん返し、と期待通り「うまさ」をみせつけてくれるわけだが。
実は何より私が驚いたのは、水爆をなくすという米軍の失態もさることながら、その失態が実話であるということ。この本を読むまでそんな事件がリアルにあったとは全く知らず、もしかして実話と思って調べたら、出るわ出るわ…。
やっぱり米軍は普段から核爆弾を積んでいるわけか。沖縄の米軍基地にも核爆弾を積んで出入りしているに決まっている、なんて話は聞いたことがあるけれど。それは事実なんだろうと、確信をもった。
なんだかひどい話。
みんな、一途が好きなのだ。一生懸命な姿が、必死に努力する姿勢が、好きなのだ。一途にボールを追い、一途にバットをふる。汗をながし、泥まみれになって、時に涙を出しながら、成長していく少年たちが好きなのだ。それを見ていることが好きなのだ。感動したと泣き、励まされたと手をたたく。それは、そのまま、なにもしない者への批判となる。一途になにかを追い求めない者への、無為に時をすごす者への、いいかげんに生きている者への、なにも生みださない者への叱咤や嫌悪や軽蔑の刃になる。
うんざりしていた。他のやつのことは、わからない。しかし、自分のことだけは、わかる。おれは、もう一途で懸命な野球少年の役に飽き果てているんだ。だから、刃から逃げないことにした。誰がどう切りつけてこようとも、かわさないことにした。いいかげんで、中途半端で、どこからでも賞賛されない時間を生きてみる。
甲子園開幕、か。つい先日読んだ『バッテリー』の一節を思い出す。現在5巻まで刊行の児童書。引用は第五巻、瑞垣少年の独白から。野球が好きなのに、ただ「好き」であることに純粋になれるほどに無邪気ではいられず、他人から貼られるレッテルに押しつぶされて野球をやめようとしている少年の独白だ。潔いとも思う。でもそうやって捨てていったら空っぽになっていく。空っぽに。その空虚さに、耐える覚悟がある、と。彼は云うのだ。本当に。耐えられるのか。そうしてそこまで彼を追い込んでしまった、他人の無神経な価値の押し付けに、ぞッとする。そしてまた、今年も華やかな甲子園球状の賑わいをみるにつけ、ふとそうした残酷さを思い出すのだ。
物語は主人公であるところの少年が中学へあがる春休みからはじまる。天才ピッチャー原田巧と永田豪との出会い。2人の周囲の友達や先輩、大人たちの描写。繊細でいて力強く、つい夢中になって読んでしまう、そんな物語。本当にこれは児童書なのか。あぁそうとも。児童が読んだってきっと夢中になるのだろうけれど、大人が読んだって、夏の思い出を呼び起こさせられた気持ちになるのだ。苦くて熱い…。力強く生きなくては、と焦燥にも似た気持ちにさせられる。
なんと弟の出発は今日だそうで、明け方近くまで隣の部屋からガタガタ物音がしていた。徹夜のパッキング。弟らしいといえば弟らしい。
朝、皆が起きだしてからも、出発時刻ぎりぎりまで机にかじりき、マシンをいじったり荷物を詰め込んだり。余裕がないことこの上ない。挙句、「CD-Rもってない?」などと云ってくる始末(当然このテの在庫はいつだって管理しているクチだけど)。まぁ論文の提出が昨日で、今日出発のウズベク2ヶ月滞在となると、フィールドワークに行くわけだし、荷物もなんだかんだと大変にはなるのだろうけど、その騒ぎ、台風の如し。
もう見送るのには慣れた。自分も少しはあの頃より自由になっているのだろう。